大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和38年(オ)298号 判決 1964年5月07日

上告人

森安直

被上告人

西久保直

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由について。

所論が原判決に法令解釈適用の違背があることの理由として主張する点は、要するに、民訴五四九条による第三者異議の訴訟は執行の目的物に対する第三者の所有権その他執行を妨げる権利を債権者に対して確定し、目的物に対する執行の危険を免れることを目的とするものであるから、その訴訟の係属中に執行処分の取消があつても、危険は直ちに解消したものと見るべきではなく、なお再度の執行申立の可能性のある限りは、本訴の利益の持続を認むべきであるというにある。

原判決の説示は簡単であるが、その趣旨とするところは、本件訴訟が第一審に係属中に被上告人(控訴人)において調査した結果、本件差押物件は第三者である上告人(被控訴人)の所有であることが判明したので、第一審判決言渡前の昭和三七年八月二五日債権者である被上告人の取下によつて、本件差押が解除されたことは当事者に争いがなく、いいかえると、債権者である被上告人自らが本件差押物件は債務者である訴外吉村辰見の責任財産に属しないものであることを承認して、強制執行の取消を求めたものと認められるから特別の事情のない限り、もはや上告人において本訴を維持する利益が存しないと判断したものと解するを相当とする。民訴五四九条の法意は、かかる場合においてもなお当該債務名義による強制執行の不許を宣言することを要求しているものとは解されない。したがつて、上告人の本訴請求を棄却すべきものとした原判決の判断は、正当である。なお、所論引用の大審院判例は、仮執行の宣言の効果によつて執行処分が取り消された場合に関するものであつて、本件とは事案を異にしている。所論は、結局、本件物件に対し将来さらに被上告人が再度の差押をする虞れがあるとの原判決認定の趣旨にそわない特別事情の存在を前提として、原判決に法令違背のあることを主張するに帰し、採用できない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官入江俊郎 斎藤朔郎 長部謹吾 松田二郎)

上告人の上告理由

原判決には判決に影響を及ぼすこと明かな法令適用の違背及び大審院判例に違背する違法がある。

(1) 原判決は控訴人(被上告人)主張のように原審判決言渡し前の昭和三十七年八月二十五日本件差押え債権者である控訴人の取下げによつて解除されている事は当事者間に争いがない、そうだとすれば被控訴人(上告人)の強制執行異議権も右差押えの解除と共に消滅したるものと言わねばならず」と判示して被上告人の抗弁を容れ第一審判決添附目録物件(以下本件物件と言ふ)に対する被上告人の強制執行不許を宣言した第一審判決を取消して上告人の本訴請求を棄却したのである。

(2) 然しながら原審の右判断は民事訴訟法第五四九条の解釈適用を誤つたものである被上告人に依る本件差押えの取下げによる執行解除になつている事実については被上告人より何等の通知なく、執行吏よりの通知にも接せず上告人は第一審判決当時は之を知らず、被上告人の控訴提起により調査なしたる結果執行解除の事実を知り得たのであつて被上告人の本件差押えの取下げについては上告人は同意為したる事実もなく上告人の不知の間に被上告人が一方的に任意に取下げ解除なされたものである被上告人は第一審判決以前に自ら差押えを取下げながら敢て裁判所に申出もせず口頭弁論期日第一回に出頭なしたるのみで其後の期日に出頭せず敗訴の判決を受け控訴を提起したもので被上告人の自認する如く本件物件が上告人の所有物件であることが判明し差押えを取下げ敗訴の判決を受けたのであるから控訴しても実質的利益なく結局無益の控訴であることは明白なるに拘らず敢て控訴の手続きに出る如き被上告人は将来再び本件に関し何等かの手続きに出でることなきを保し難いのである。

上告人は本件の物件に対する民事訴訟法第五四九条に依る第三者の異議訴訟に於て斯の如く審理判断を受ける利益を有するものであつて本件上告に於ては右の如き強制執行に対する第三者異議の訴が繋属中執行債権者の取下げにより差押えの解除があれば原判決認定の如く強制執行異議権も目的物を失ひ同時に消滅するや否やと言ふことに限定される訳である。

(3) 民事訴訟法第五四九条による第三者異議の訴訟は執行の目的物に対する第三者の所有権其他の執行を妨げる権利を債権者に対して確定し目的物に対する執行の危険を免れることを目的とするものである。

本条による第三者の執行異議が為されて債権者により任意に差押えが取下げられた場合でも債権者が執行債務者の異議に基き債務者との関係に於て執行が終局的に排斥された場合の如く執行債務者に対する執行が目的を達したるか、又は該債務者に対しては強制執行を最早や為し得ざる等の場合は執行の危険は終局的に去つたものであつて従つてそれと共に執行異議権も存在の余地なく消滅するに至るは明白である。

しかれども現実の執行は危険の徴表たるに止まるから確認の利益も又口頭弁論終結当時に認められることを要するとはいえ一旦執行開始後執行処分の取消しあるも危険は直ちに解消為したると見るべきではなく尚再度の執行申立の可能性の存在する限り本訴の利益の持続を認むべきである。

(4) 民事訴訟法五四九条の執行目的物に対する第三者異議の訴訟の趣旨は訴訟繋属中に一旦執行債権者による任意の執行取消しがあつても一般に将来更に執行を受ける虞れある限り異議訴訟を消滅せしむべきではないと解するに非ざれば執行の目的物に対する第三者の所有権其の他執行を妨げる権利を有する者の保護を全ふし得ざるものと解すべきであるから被上告人による本件物件に対する差押えの取下げによる執行解除あるも本訴にして繋属中である限り原審は本件物件の所有者たる上告人の保護を全ふする為にはよろしく本訴の利益の持続を認めて審理判断すべきであつて単に被上告人の差押えの取下げによる執行解除による目的物消滅と共に上告人の執行異議権も又消滅したと判断して、たやすく、上告人の請求を棄却したる原判決は民事訴訟法第五四九条の解釈適用を誤る違法あるものであるから到底破棄を免れざるものである。

(5) そこで判例を調べて見ると大審院の判例(最高裁判所に成つてからのものは見当らない)は民事訴訟法第五四九条の訴訟提起した原告が一審に於て勝訴し仮執行宣言によつて執行が取消された事件が第二審に繋属した場合につき第三者が仮差押えの目的につき所有権を主張して其の執行不許を求むる異議の訴えは仮差押え執行の目的物に付き所有権の帰属を確定し之に対し将来に於ても差押えを禁止せんとするものに外ならざれば其判決未確定の間に於て仮差押え執行取消しあたりとするも尚其の異議の当否に付審理を遂げ判決を為すを要するものとす。

従つて第一審裁判所が原告の勝訴の判決を為し之に仮執行の宣言を附したる結果仮差押え執行其のものが取消されたりとするも右判決に対し被告より不服申立てありたる以上第二審裁判所は尚其の異議の当否に付審理判決を為さざるべからず蓋仮差押執行の取消しに依り異議訴訟の目的物消滅したりとの理由の下に該訴訟を終了せしむるに於ては更に仮差押えを繰返すに至り而も異議の訴は竟に其本来の目的を達するを得ざればなり而して右の理由は仮執行の宣言に担保供与の条件を附しあると否と差異あることなし之を本件に観るに上告人は被上告人が訴外人某に対する原判示仮差押え決定正本に基き差押えたる本物件たる自動車を自己の所有物なりと主張して異議の訴えを提起し第一審裁判所は上告人の右主張を認容して仮執行宣言付きの勝訴判決をなしたる結果仮差押執行其のものが取消しとなり被上告人は右判決に対し控訴を申立たるところ原審に於ては前記説明の趣旨に基き上告人の異議の当否に付審理判断を為すべきに拘らず之を為さず本件仮差押え執行が既に取消されたる以上本訴の目的物消滅したりとの理由の下に漫然上告人の請求を排斥したるものにして原判決には法律の適用を誤りたる違法ありと謂はざるべからず」と判示している。

(昭和十一年(オ)二七五〇号事件同十二年五月十二日民四判民集十六巻五七五頁)

即ち右大審院判例事件に於ては仮差押えの目的物に付き第一審判決の仮執行宣言付判決により仮差押え執行の取消しがなされたる後敗訴の被告より控訴提起の場合に関し本件に於ては強制執行の目的物につき第三者異議の訴提起後差押取下による執行解除後敗訴の被告により控訴なしたるものなるも執行の取消しにより第三者異議訴訟の目的物消滅したりとの理由で該訴訟を終了せしむることを得るや否や判断に於ては同一の理に依るべき、まさに適切の判例である原判決が被上告人の本件差押の取下による執行解除により執行の目的物消滅し従つて上告人の執行異議権も消滅したりと判断したやすく上告人の請求を棄却したるは右大審院判例に違背する違法あるものといふべく原二審判決はこの点に於ても破棄さるべきものである。(上告理由原文どおり編集部)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例